(2014.11.2 公開)

六郎隧道東部の支線
     津軽森林鉄道
      小股支線

最初の調査は2002年に行いましたが、車で林道を走っただけで特に遺構を見つけられませんでした。

その後、地形を見ながら数回再調査を行い、遺構を少しずつ見つけることができました。似たような遺構ばかりですけど。

調査は2002年、2006年、2008年、2012年、2014年と数回実施しており、撮影した季節も異なり、ちょっと見にくいレポとなっています。
この地図はカシミール3D「山旅倶楽部」を使用して作成しました。


津軽森林鉄道本線との分岐点です。

ここからなんのへんてつもない林道が、大川目沢沿いに北上しています。


@地点です。軌道跡がそのまま現林道となっている部分がほとんどですが、大川目沢を渡る箇所には橋脚跡などの遺構が残されています。


林道は数回大川目沢を渡ります。

A地点でも、ボロボロになった橋脚跡が見られました。


その橋脚跡の先は、周りから少し高くなっていました。

どうやら軌道の道床のようです。


現林道と別になっていた軌道跡は現林道とは別になっていましたが、枕木などは見つけられませんでした。

軌道跡には木々が生えていますが、自然に生えたものではなく、おそらく軌道廃止後に植林したものと思われます。


B地点です。

現林道は写真右方向へ緩やかな坂道となって進みます。軌道跡はおそらく真っ直ぐ進むと思われますが、どこが軌道跡か分かりません。

とりあえず現林道を進み、軌道跡が分かりそうな箇所を見つけてから戻ってくることにしました。

この先で、ハンバーガーを片手に持ち、ほおばりながらママチャリで林道を下ってくるキノコ採りのおじいさんと出会い、その姿に「負けた」と思いました。(若い!)


現林道は坂を上った後ですぐに下り、C地点で大川目沢を渡ります。

その手前から川沿いに引き返しB地点を目指します。
この地図はカシミール3D「山旅倶楽部」を使用して作成しました。


C地点で軌道跡を探していたところ、川原で軌条を見つけました。


大川目沢を右岸へ渡る空間がありました。橋脚跡を見つけられませんでしたが、怪しいので進んでみます。 道はだんだん細く狭くなり、ちょっと不安です。


しばらく進むと軌道跡を見失いましたが、川原へ出て左岸方向を見てみると…。 ちょっとわかりにくいですが、橋脚が残されていました。


左岸に渡って撮影しました。

中央の貫(水平に渡してある材)が残っている橋脚と、その向こうに1本、手前に見えている橋脚の3カ所が残されていました。

撮影中にズッこけて手前の水たまりにはまりました(結構深かった)。


橋跡の先へ進むと笹藪ゾーンとなっていました。 すぐに笹藪がなくなり、道床が確認しやすくなりました。しかし、この先は道床が崩れてすすめなくなっていました。


時期を改めて、別の箇所から回り込んで起点方向へ進みます。

軌道跡がはっきりと分かります。
しばらく進んで振り返って撮影しました。

草が生えていてわかりにくいですが、道床が盛り上がっています。


大川目沢を渡る箇所で、またしても橋脚跡がありました。


草をかき分けると、もう一つ橋脚跡が出てきました。

残念ながら、橋桁は残されていませんでした。


ちょっとわかりにくいですが、対岸にも橋脚跡が見えます。

橋脚跡の向こうには普通に木が生えており、橋脚跡がなければ軌道跡を見失いそうです。


橋跡の先には、うっそうとした林の中に軌道跡の道床が続いていました。

前の軌道跡と同様に、このように木が整然と生えているのはちょっと不自然なので、おそらく軌道廃止後に植林したものと思われます。


道床跡を進むと、再び大川目沢を渡る箇所で橋脚が残されていました。 別方向から撮影すると、橋桁が木の間に挟まって残っているのがわかります。


木に挟まった橋桁です。

なかなか架橋されて残っている状態を見ることができず、残念です。


対岸へ進むと堀割になっていました。
まだ先に進めそうです。
恐怖の笹藪ゾーンです。かなり草丈が高かったので引き返そうと思いましたが、我慢して進みました。


長期戦を覚悟しましたが、以外とすぐに脱出できました。出てきた箇所を撮影しましたが、どこから出てきたのかよくわかりません。 ちょっと離れてみると、出てきた所はB地点でした。ようやく戻ってこれました。

こちらから軌道跡を見つけて進むことは困難そうです。


再び現林道を進み、D地点に来ました。
比較的平坦な道を進みますが、昔の地図ではこの辺りで大川目沢を渡っていたようです。

沢方面(写真左側)に空間があったので、進んでみました。
沢には橋跡を見つけることはできませんでしたが、対岸に道のようなものが続いてます。


対岸に渡ると空間が続いており、ここが軌道跡のようです。


沢の方を見ると、人工的な木柱が刺さっていました。

川の流れから道床を守るための構築物の一部でしょうか。


小さな沢を渡る箇所には木橋が残されていました。

一部破損していましたが、橋桁もそのまま残されています。


場所が狭くて全体像をうまく捉えられませんでしたが、横から撮影してみました。
橋桁は途中で折れていました。


少し進むと、再び似たような橋跡が残っていました。


軌道跡の空間は割と分かりやすくなっていて、堀割になっている箇所もありました。


薄暗い森の中にギンリョウソウ(銀竜草)が生えていました。

ギンリョウソウは、光合成をしないで、菌類と共生して栄養素を得て生活する腐生植物です。

きれいな感じですが、いきなり現れるとちょっとビビリます。


再び小さな木橋が現れました。橋桁が人為的に切られているようにも見えます。なぜこのようになっているのでしょうか?


細切れ?になった橋桁には、金具がついたまま残されていました。


再び小さな木橋です。残されているのは嬉しいですが、ちょっと飽きてきました。


しばらく進むと軌道跡らしき空間が2つに分かれました。

右側へ進むと、行き止まりとなっており、そこは小さな空間となっていました。土場だったのかもしれません。

左方向は軌道跡の続きで、まだ進めそうです。


ちょっと進むと、笹藪地帯になりました。

まだ進めそうでしたが、この辺りで引き返すことにしました。


    津軽森林鉄道
    小股沢支線


六郎隧道の手前で分岐し、南へ進みます。

昭和22年開設、33年で軌道撤去と存在していた期間が短いためか、記載されている地図が少なく、詳しい敷設位置は不明です。
この地図はカシミール3D「山旅倶楽部」を使用して作成しました。


県道から軌道跡方向に進みます。

左の木には「六郎沢」「ロクロー入口」と記載されていました。
(ちなみに六郎隧道の西側にもロクロ沢があります。)

地図には点線の道の記載すらないことから、林道化されず何か残っているかと期待して進みました。


一応、徒歩で進める道が続いていました。これが軌道跡でしょうか?

右岸、左岸のどちらに軌道が通っていたか分からないので、このように通れそうな道をどんどん進みます。


遺構を見つけられません。

足下を掘ってみると、何かの木片がありました。枕木のようにも見えますが、違う感じがします。
こちらは小さな沢を渡る箇所ですが、橋跡ではなくただの倒木のようです。


徒歩道のような跡がまだ続いていますが、軌道跡かどうか不明です。


頑張って遺構を探しました。

これは道床を保護するための擁壁の石垣跡…?ではないと思います。ガックシ。


軌道跡らしき空間も判然としなくなり、遺構も見つけられないので、あきらめて引き返しました。


小股支線の調査では、車だけではなく自転車や徒歩で行ったことでより多くの遺構を見つけることができました。遺構が見つけられない箇所でも地図を見ながらよく考え、じっくり探索することが大切ですね。

小股沢支線の写真を撮った場所を書いたメモを無くしてしまい、レポートを作るときにコマッタなー…トホホ。

( 線名 地図 )