(2023.7.9 公開)
津軽森林鉄道   小田川支線多々良沢線、大曲師沢線

(電子地形図(国土地理院)を加工して作成)
多々良沢線(多々羅線)は昭和39年、大曲師沢線は昭和43年に廃止され、その後の小田川ダムの完成により軌道跡の一部はダム湖の底に沈みました。

また、現在の地図には軌道跡が道として記載されていません。ということは、そのまま遺構が残っている可能性が高いと思い、2014年に現地調査を行いました。


多々良沢線

小田川ダムからしばらく林道を車で進み、多々良沢を渡る多々良沢大橋に着きました。

2003年には車で通ることができましたが、2023年現在、この有様です。また、橋の先の林道は路盤流出が進んでいるようで、徒歩でも通行が難しそうです。

今回は橋を渡らず、写真左方向の多々良沢上流へ向かいます。


  橋の上から多々良沢上流方向を撮影しました。

多々良沢線は枯れ草部分ではなく、もっと沢に近い川原を通っていたようです。

なお、春は小田川ダムで雪解け水を貯水しているため、軌道跡を探すことは困難です。(カーソルを合わせると、2003年5月の写真を表示します。)


橋から下りて撮影しました。結構な高さがあります。

無風で物音が何もせず、静まりかえっていました。

開けた空間であるはずなのに、巨大な閉鎖された建物の中にいるような、不思議な感覚でちょっと怖かったです。


起点方向の調査は省略して、上流方向に進みます。

流木がじゃまして進みにくくなっています。


 
軌道跡はどこだか判然としませんでしたが、沢を渡る橋脚跡を見つけました。  


川原になんとなく空間はありますが、やっぱりどこが軌道跡か分かりません。道床が削れてしまったのでしょうか。

この辺りは普段は水面下にあるため、草木は生えていませんでした。


上流に進むにつれ、草木も見えてきました。草が生えている辺りが軌道跡なのかな?


川原に埋まっている枕木を見つけました。

犬釘が刺さっていた跡がはっきりと分かります。
 


 
沢を渡る箇所には、様々な人工的な木材が見られましたが、軌道の遺構らしきものは見つけられませんでした。  


 
沢の左岸(右側)に空間があり、堀割のようになっていました。ここを軌道が通っていたと思われます。


しばらく進むと、平らで歩きやすい空間が現れました。


 
道床がえぐれていた箇所に枕木がありました。上から確認すると、犬釘が残されているのが分かりました。


 
その先で沢を渡ります。かろうじて橋脚1本が残されていました。思ったほど遺構は残っていないようです。


めぼしい遺構があまりない中、沢の真ん中にレールが横たわっていました。


 
その先は川原に軌道跡らしきものがどんどん続いていますが、特に遺構を見つけられませんでした。


そして、川原の空間も無くなり、終点と思われる地点に到着しました。

近くに轍のようなものが見られたので、近くの林道まで続いているようでした。


大曲師沢線
(おおまがしさわせん)

大曲師沢を渡る橋の上から、起点方向を撮影しました。

遠くに喜良市支線から分岐してきた大曲沢線と思われる跡が見られます。
(撮影時期は異なりますが、カーソルを合わせると拡大した写真が表示されます。)


橋の上から大曲師沢上流方向を撮影しました。

多々良沢と同様に、こちらも春は雪解け水を貯水しているため、軌道跡を探すことは困難です。(カーソルを合わせると、2003年5月の写真を表示します。)


橋から下りました。

草が枯れているように見えますが、キク科の小さな花が一面に咲いていました。

そしてブォーンという音があちこちから聞こえており、よく見るとハチかアブがそのキク科の花に群がっていました。

さらによく見ると、アオムシ君がそこら中でキク科の葉っぱを食べていました。ゾワッ。

枯れて見えたのはそのせいだったのかも。


   
橋の下には桟道の跡のようなものが見られました。


     
 少し先には、沢を渡る橋脚跡が残っていました。道床がはっきりとしており、軌道跡が明らかです。  


ちょっと進んで、林道の橋も見えるように撮影しました。

2007年は橋付近だけの調査で終了し、上流へは進みませんでした。


 
     
  2014年に上流への調査を実施するために再訪しました。

2007年と同じような写真を撮り先に進もうとしたときに、「ボチャン」って…?

……カメラが水没しました。

もちろん動かなくなりました。あーあー。


とりあえずカメラ無しで上流に進み調査を継続しました。

遺構が少なければ、「あまり見つけられませんでした。トホホ。」で終えようと思っていたのですが、まあまあ遺構があり、自分の作文能力で伝えるのは困難なため、一度帰宅し、再度訪問することとしました。

濡れたカメラを分解し、蓄熱暖房機の上にのせて乾燥させたら奇跡的に直ったので、今度は落とさないようにカメラに紐を付けて、首から下げて調査に望みました。


 
しかし、1週間後の2014年11月30日に訪問すると、小田川ダム脇の林道入口に先週無かった伐採作業中の看板が大量に設置されていました。

日曜の朝7時前なので作業はしていないと思ったのですが、自己判断は禁物。どうしようか…と5分ほど悩んでいたところ、何と向こうから軽トラが走ってきたではありませんか!

軽トラの運転手に話をしたところ、伐採作業の関係者で、たまたま忘れ物を取りに来たそうです。この日は作業をしないので先に進んでも大丈夫とのことで、ラッキーでした。


…ということで、1週間ぶりに大曲師沢入口に到着できました。

調査を再開します。


 
土砂に埋まっている枕木を発見しました。犬釘は確認できましたが、レールは付いていませんでした。 


続いてちょっと埋もれたレールがありました。

1本だけで短く、ちょっと不自然な感じなので、取り外されたレールがそのまま置かれていたと思われます。

実際は掘り返してみないと分かりません。


崩れた土砂の壁にもレールがへばりついていました。


     
  小さい沢に残されていた橋桁と枕木です。枕木には犬釘が残されていました。


軌道跡は上流方向にまだ続いています。


路盤がえぐれた箇所に枕木が突き出していました。
(カーソルを合わせると拡大した写真を表示します。)


土管がありました。

おそらく、この上の軌道の路盤が流されて、土管だけが残されたと思われます。


こちらは土砂から突き出したレールです。
ギリギリ流されずに残っていました。


 
路盤跡が判然としませんが、小さな沢に橋桁が残されていました。


先ほどのように、枕木が突き出して残っていました。

路盤の浸食や土砂崩れが激しかったようです。


路盤が復活して歩きやすくなりました。これなら進むのは楽ちんです。

しかし、こういう所には遺構がありません。


 
そして、路盤が無くなっているところには、橋脚が残っていました。


崩れた路盤から突き出す枕木と、沢に落ちているレールです。


 
曲師沢を左岸へ渡る箇所に、かろうじて橋脚跡が残っていました。


川原が広くなりました。一見軌道跡に見えますが、流されてきた土砂で空間ができたのかもしれません。


 
路盤の下に埋設されてた管やレールが残されていました。


川原に流されたレール、終点はもうすぐです。


 
しばらく進むと、川原の空間が無くなり、軌道跡が分からなくなりました。最後に見つけた遺構は枕木でした。
この辺りで引き返します。

1週間前にもここに来ているので、2回目でトホホです。



地図に道の記載がない軌道跡の調査は、いろいろな遺構が見つかり楽しかったのですが、曲師沢線の調査ではカメラを水没させたため、1週間後に撮影のため再度訪問するというミスをしてしまいました。

でも、すぐに再訪して正解でした。
調査の2日後に雪が降り、長い冬が始まりました。春になってら雪解け水がダムに溜まり調査ができないので、遺構に会うには結局1年待つ必要があったかと思います。


( 線名 地図 )