(2017.10.1 公開) |
吾妻川林道 JR深浦駅の北東約1qの場所にかつてあった深浦貯木場を起点に、吾妻川沿いに10qほど敷設されていた軌道です。 吾妻川は東股沢と南股沢が合流した川です。東股沢沿いには舗装された道路もあり、途中に集落もありますが、軌道が通っていた南股沢は普通の林道となっており、途中からは点線の道で、遺構が期待できそうですが…。 調査は2004年、2009年に行いました。 ちょっと記憶がイマイチです。 |
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この地図はカシミール3D「山旅倶楽部」を使用して作成しました。 |
吾妻川林道のスタート地点は、深浦駅北東の国道近くにあった貯木場です。 貯木場はもうありませんが、跡地には軌条の柵が設置されていました。 |
水田の中を約2q進むと、東股沢と南股沢に分かれます。軌道は現林道の南股沢沿いに進みます。 入口近くには軌条が刺さっていました。 |
小さな沢を渡る橋の橋桁には、軌条が活用されていました。 |
林道は何回か南股沢を渡って上流に進んでいきます。 途中の川原では、枕木や軌条を見つけることができました。 |
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のどかな春の林道です。ずっとこのままなら進みやすくて調査も楽ですが、逆に遺構も出てこないかもしれませんね。 |
川原へ降りてみると、林道の路肩に石垣を見つけました。遺構かどうかは不明ですが…。 |
現在に比べ昔の地図の方が南股沢を渡る回数が多くなっていることから、軌道跡をそのまま現林道にしていない区間があると考えられます。 現林道から離れてみると、軌道跡らしき空間があったので、ちょっと下流方向へ進んでみました。 |
すると、対岸には軌道跡らしき空間が見えてきたので、ちょっと渡ってみました。 |
すると、笹藪の中に、枕木を見つけました。 犬釘も健在です。 |
さらに先にも、枕木を見つけました。廃止から年月が経過しているため、軌道跡に木が生えていました。 |
何となく軌道跡らしき空間が見えていますが、ちょっと不安になっていたので引き返しました。 |
現林道に戻り、上流方向へ進みます。 調査当時はGPSが無かったので、どこをどのくらい進んだかよく分かりませんでしたが、とにかくチャリで走ってかなり疲れました。 この木のアーチをくぐるとパワーが回復…しません。 |
わだちもだんだん見えなくなり、不安になっていたところ、今度は崖崩れです。 ここからは徒歩で進みます。 |
南股沢を渡る箇所に石垣の橋台?が見えてきましたが、よく見ると橋台は蛇篭でできたもので、軌道の遺構では無さそうです。 |
川底にはコンクリート土台のようなものが見えていますが、関係ないかな? |
進みやすい軌道跡です。軌道跡にしてはちょっと広い感じがしますし、先ほどの橋台も新しかったことから自動車道として利用されていたのかもしれません。 | 枕木のようなものが見えています。きちんと確認しませんでしたが、違うようでした。 |
残念ながら軌道跡が崩れて進めなくなりました。よく見ると路肩に石垣があるようです。 ウェーダーがないと進めなさそうだったので、残念ながらここで引き返しました。 |
軌道跡が続いている南股沢上流へは、東股沢沿いを進み長慶平などの集落を経由する道路を使えば到達することができます。 車で地図の○印の部分まで移動し、そこから下流及び上流への調査を行いました。 |
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この地図はカシミール3D「山旅倶楽部」を使用して作成しました。 |
【下流方向への調査】 まず下流に進みます。すぐに軌道跡らしき空間が見つけることができました。 |
崩れた木橋が残されていました。 (カーソルを合わせると2004年の写真が表示されます) 2004年の写真を見ると、割と新しい蛇篭があることや、橋桁の上に隙間無く木材が敷かれていることから軌道撤去後に整備されたものと考えられます。 |
(2004年撮影) |
(2009年撮影) |
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木橋跡の下流側を撮影しました。前述のように2004年には蛇篭がありました。また、2009年の写真をよく見ると、苔むした石垣の橋台らしきものが見られます。 |
2009年に上流方向を撮影しました。 上流側には蛇篭が残っていました。 |
以下は2004年調査時の写真です。 |
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軌条が落ちていたり、橋には犬釘らしきものも付いていたり、何かありそうな予感がしましたが、2004年調査時には先には進みませんでした。 |
2009年にはさらに下流に進みました。左岸に軌道跡らしき空間が見られ、進みやすそうです。 「どんどん行くぞー!」とやる気に満ちて進みましたが、この直後、ズッコケて手のひらをざっくり負傷するアクシデントがありました。ウギャー! |
ちょっと進むと南股沢を渡るのですが、草が繁茂しており陸地が続いているように見えます。 |
しかし、よく見ると、木橋ということが分かります。 橋の幅が広く、やはり軌道廃止後に自動車道として整備されたのかもしれません。 渡る前に橋の下をチェックです。 |
橋台は蛇篭により補強され、橋脚もかろうじて残されており、渡れそうな感じに見えますが、実は…。 |
このようにねじれていました。 徒歩なので渡れそうでしたが、危険なのでやめておきました。 今でも頑張って残っているかな? |
下流方向を見ると、さらに軌道跡が続いているようです。 しかし、ウェーダー無しでの調査は困難だったので進むのを断念しました。 |
【上流方向への調査】 道路から上流方向にも軌道跡は続いています。 わだちがあり進みやすそうです。 |
4月の調査だったため、残雪が邪魔します。 この先に「猿の湯」があり、そこが軌道の終点となっていたようですが、遺構を見つけられませんでした。 「猿の湯」で足だけでも浸かろうとしましたが、それも見つけることができず、あきらめて引き返しました。 |
今回の軌道跡は、軌道廃止後に再整備された自動車道が廃道になったような感じでした。そのため、軌道時代の遺構は少なかったように思えます。蛇篭の存在はちょっとガックシでした。 後日、再度地図を調べたところ、軌道が南股沢を約20回も渡っているように記載された地図もありました。えっ、そんなにあったの?未調査区間もあったので、再度調査が必要かも…トホホ。 |